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eatlocaljapan’s diary

日本のゴハンは美味しい!

Netflix版 赤毛のアン 「アンという名の少女 (Anne with an "E")」Season1

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先日配信が始まったばかりのNetflix赤毛のアン「アンという名の少女(Anne with an "E")」。シーズン1の全7話を一気に見てしまいました。

世界中、とりわけ日本でファンの多い「赤毛のアン」はこれまでにも様々な映画やTVシリーズが制作されてきましたが、このバージョンは原作に忠実な部分をキープしながらも大胆な解釈を加えた新しいスクリプトで、かなりのインパクトがあるようです。

 

キャスティング

まず主役Amybeth McNultyの見た目の「アン感」がすごいです。広いおでこに透き通るような青白い肌、顔いっぱいに広がったそばかす。小枝のように細い手足とジンジャーヘア。劇中で周りが心無い言葉で貶すのがなんとなくわかってしまうのですが、あと5年もしたらさぞかし美しい女性に成長するだろうなと思わせる絶妙な容姿です。他映像のアン役は「普通」に可愛く、醜いと虐められるアンとして共感するのがちょっと難しいのです。Amybeth McNultyのアンは、その違和感をきっちり取り除きつつも、将来の華を予見させる可憐さで、視聴者に奇妙な安心感を与えます。そして、もちろん素晴らしい演技力です。妄想弾丸トークの痛々しさがこれほど際立つのも、アンの繊細な心情をちゃんと理解しているからなのかなと思います。

養母となるマリラ Geraldine James も、生来の生真面目さからくる厳しさと、清貧に生きる気品が画面からにじみ出ます。深い皺が刻まれた化粧気のない顔も、当時の生活の現実を思い起こさせる大事な舞台装置となっています。

マリラの兄マシュー R.H. Thomson は、その寡黙さと不器用さを、こと丁寧に演じます。加えてアンへの一途な愛情が原作より一層深く表現されており、アンに与えた影響力と存在感の大きさを再認識させられます。

リアルさの追及

本作の新解釈の一つは、孤児院時代や働き手としての引き取り先に受けた虐待を、アンのフラッシュバックイメージとして明確に描いていることでしょう。この部分が「闇(dark side)」として海外のメディアでも取り上げられていますが、アンの利発ながら、ともするとエキセントリックになりがちな言動の深因として、非常に説得力があると思います。時代背景を考えても、そういう状況があった可能性は高く、アンがひたすら空想を喋り捲るシーンを何の予備知識もなく見ると、かなり「うざい」感じがしますが、その理由が彼女の気質だけではなく、心の奥底に御しがたい苦しみがあるのだということが見えてきます。
赤毛のアン」は児童文学に分類されることが多いようですが、不幸な生い立ちの空想好きの女の子が、周囲のやさしさと努力で幸せを手に入れた成功物語、という単純なストーリーではないと思います。過酷な環境に在った人間がいかに心を取り戻し、真っすぐ自己肯定ができるようになるには、やはり無償の愛情が不可欠なのだということを、奥深い闇との対比として鮮やかに見せてくれる本作は、これまでの赤毛のアンより、リアルで深みのある仕上がりとなっているのではないでしょうか。

マリラとマシューのそれぞれの恋の思い出も印象深いエピソードになっています。普通に家庭を築くチャンスはあったものの、様々な事情と家族に対する義務感で独身を貫かざるを得なかった背景が見えることで、単なる変わり者兄妹としてではなく、要領はあまり良くないけれど、自分を声高に主張することもなく慎み深く生きる二人の価値観がよくわかります。

また、撮影の舞台となるGreen Gablesの家や学校、内装、アンやマリラの服装もとても素敵です。豊富でない資材の中から大切に作られたであろうそれらは、質素で地味でお世辞にも上質とは言えないように思いますが、古びて隙間の空いた木の壁も、重くて不便そうな鉄瓶も人々の生活に欠かせない大事な生活用具なのです。他の映画などではもっと小綺麗なセットが多くて、どうもお芝居という感じが否めません。当時の普段着は擦り切れてくたびれてしまうことが容易に想像がつきますが、他作品では、スタイルだけヴィンテージで生地はどれも新品に見えるので、今回はそのあたりも慎重に検討されたのでしょう。

Prince Edward Islandの風景はため息が出るほど美しいです。でもこれは他作品でも引けを取らないので、この作品特有の強みにはならないかもしれませんね...

ちょっとだけ疑問

正統派の「赤毛のアン」ファンからみるといろいろな意見があるかと思いますが、私はその世界観を心から楽しむことができました。とても素晴らしい作品だと思います。

一つだけ気になった点をあげるとしたら、フェミニズムに関わるセリフが目立ったことでしょうか。もちろん、フェミニズム自体に異論があるわけではありません。当時の女性の理不尽かつ不公平な立場にも言いたいことは沢山あります。

 でも、アンの物語は女性であることの不利が含まれていたとしても、究極にはもっと大きなテーマを扱ったのではないかと思うのです。作者Lucy Maud Montgomeryがどう考えていたのかを正しく理解することはできませんが、フェミニズムにフォーカスが当たり過ぎると、他の大事な要素がぼやけてしまうような気がします。主制作スタッフは全員女性ということもあり、実は最も重要なポイントなのかと思いつつ、もう少し薄めの味付けでも良いかなと勝手な感想を抱きました。

次の配信が楽しみです。


Anne with an E | Clip: "Am I Talking Too Much?" [HD] | Netflix

ラム肉人気上昇中

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羊肉というとまだ、臭みが、、、という印象がある人も多いかもしれません。メニューとしては、香草やスパイスを駆使して匂いを消す凝った調理方法が思い浮かびます。北海道以外特に関東以西では、自宅で調理する機会はあまりなかったのではないでしょうか。

ところが、近頃は美味しくてほとんど匂いの気にならないラム肉が簡単に入手できるようになりました。ニュージーランドからの直送品で冷凍されていないものですが、輸入品を得意とする高級店でなく、よくあるスーパーで、ラムチョップ用やロースがお安く手に入ります。(東京郊外での経験論ですが、他の場所ではどうでしょうか...)

塩コショウだけの味付けでも十分、とても柔らかな肉質で、これまでのイメージを覆す美味しさです。確かにほんのりとにおいを感じますが、この香りこそがラムの美味さの立役者とも言えます。牛肉よりも割安なので、我が家ではかなりの頻度で食卓に上るようになりました。

更に、インバウンド観点での最大の特徴は、宗教的制限が殆どないということです。豚肉はダメだけど羊肉なら食べられるという訪日客はかなりの数になるでしょう。ヨーロッパ料理系メニューに限らず、ひき肉やフライなど、ハンバーグやとんかつ代替メニューとしても合うのではと思います。日本人客にとっても目新しい選択肢となりますし、ラム肉料理のバラエティの幅が広がるといいなと思います。

主食としてのパン 小麦の違い

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日本のパンは、洗練された味と種類の多さで内外からの注目度の高い食べ物です。スタンダードなクロワッサン、デニッシュ、カレーパン、焼きそばパンのような日本オリジナル、ありとあらゆる美味しいパンが街のパン屋さんに並んでいます。

バゲットもスーパーから高級ベーカリーまで様々なものが売られていますが、フランス人の感想としては、味にかなりばらつきがあるのだそうです。それは製法もさることながら、使う小麦によって全然味が違う、ということらしいです。

フランスで美味しいバゲットとされるのは、皮がしっかりと固く、もっちりとした触感で、口に入れると芳ばしい小麦の風味が鼻腔に届きます。 日本のバゲットは、皮も中身も軽めのものが多く食べやすいのですが、存在感がちょっと足りないことがあるそうです。Forbesの記事による*と フランスで人気のある小麦粉ブランドは「Red Label T65」というものだそうですが、日本で使っているところはあまり無いのではないでしょうか。

理屈ではなんとなくわかるものの、普段食べるパンにそれほど小麦粉の違いを意識したことがなかったので、少しびっくりしました。そして、この小麦粉の違いがわかる感覚というのは、私たちが米の種類に敏感なのと同じなのかと、ふと思いました。

自宅用の米を買うときは銘柄を一応考えて選びますし、お店で提供される白米ご飯も、種類による味の違いをも意識して食べることがあります。海外に行って日本食のご飯として出されたものが「ちょっと違うなぁ」と思ったことがある人も多いと思います。

イタリアのパスタもそうですが、人々の食生活の中心となっている食材は、どうやったらもっと美味しくなるかを徹底的に研究され、作る人食べる人のこだわり・思いに育まれ、一朝一夕では追いつけない「無形文化」のようになっていくのではないかと思います。

日本には米に限らず、多くの伝統的食材がありますので、訪日される海外のお客様に詳しく説明して、その良さを背景含めてわかってもらえればと考えています。

*Why This Is The Best Bread In France

 

電線のある風景

 

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東京都では、2020年に向けて可能な限りの無電柱化を目指し、中心街などから工事を急いでいるようです。

電線の地中化は、電柱より工事費用が相当大きくなりますが、景観、メンテ費用、災害時に危険物となるリスクなど、総合的に考えれば順次移行していくのがあるべき方向なのでしょう。

と考えていたところ、面白い感想を耳にしました。電線が日本の風景として郷愁を誘う、のだそうです。聞くと、訪日客の中には、路地の電柱をカメラに収めていく人もいるそうで、理由は、日本のドラマやアニメの中にいつも出てくるから、ということです。

確かに昔のドラマを思い返すと、夕暮れの住宅街には必ず電柱があったような気もします。はっきりと覚えているアイテムではありませんが、電線や電柱があった方がそれらしい感じはします。

海外の方で日本の映像を見ていた方にも同じような感覚を呼び起こさせ、自国にはない風景であれば、更にその違いを大事に思うのかもしれません。

私たちが、海外の風景として屋台街やバイクの渋滞をノスタルジックに感じるのと似た感覚なのかもしれません。現地では完全に日常生活の一部で、必ずしも望んで行っているわけでもないことも含めて、第三者の視点というのは面白いものです。

渋谷の交差点もそうですが、意外な点が観光資源になる可能性があるので、古いから不便だからという理由で壊してしまう前に、内外の評価を聞いてみるのが良いと思いました。

ハワイのポキ 

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ご存知の方も多いハワイのグルメ「Poke(ポキ)」、魚介類の切り身を様々なシーズニングで和えたものです。

生のまま食べますので、日本からの移民が持ち込んだ食文化だと勝手に思っていたら、実は生の魚を食べる習慣はハワイにはずっと昔からあったようです。伝統的なメニューは、aku poke (カツオ)he'e poke (タコ)だそうです。魚は種類を分けるのが難しいので、akuイコール100%カツオかどうかは不明ですが、きっと近海で豊富に獲れたんですね。

マグロやサーモンを使ったpokeは前菜やサラダとしても提供されますし、最近はポキ丼としてごはんの上に乗せたお弁当スタイルも人気です。味も、醤油味(これは日系人の影響らしいです!)キムチ味、いろいろなバリエーションがあって、ワサビ味は特に美味しいと思います。

自宅でもポキを作ることが多く、マグロの切り身の柵をスーパーで探すのですが、実はポキには、本マグロではなくメバチやキハダの方が合うようです。本マグロは赤身でも非常に滑らか、かつ、ややネットリとした舌触りで、ポキにはちょっとしつこい感じがしてしまいます。メバチやキハダのように比較的あっさりとしたマグロの方が、ごま油などを入れたシーズニングにしっくりくるのです。リーズナブルなマグロの方が美味しくできるなんて、家計にも嬉しいご馳走です。

limu(オゴノリ・上記写真の海藻)を入れると本格派pokeになりますが、なかなか常備できないので、ネギや玉ねぎ、青じそ、ワサビなどをたっぷり入れます。カルパッチョ風にアレンジしたい場合はオリーブオイルを少したらすと、日本のお刺身料理の繊細さとはまた違ったおいしさを楽しむことができます。 

最近は日本のレストランでもメニューとして提供するお店が増えているようですので、行ってみたいと思っています。

 

日本の食事はしょっぱい?

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インタビューより。

美味しさ自慢の日本のご飯ですが、意外にも「しょっぱい」というコメントがありました。

特定のお店が塩辛かったのかもしれませんが、実際、日本の塩分摂取量は世界各国の中でも多い方のようです。2010年の調査によると、日本は世界で15番目に多く、1日の平均は12.4gでした。上位は中央アジアの国々で、韓国や中国も多い方に属しますが、欧米諸国は平均10g以下がほどんどです。

順位塩分摂取量(/人/日 単位グラム)
1 カザフスタン 15.2
2 ウズベキスタン 14.3
3 モーリシャス 13.8
4 トルクメニスタン 13.8
5 タジキスタン 13.7
6 キルギスタン 13.7
7 バーレーン 13.7
8 タイ 13.5
9 ジョージア(グルジア 13.5
10 韓国 13.2
11 シンガポール 13.1
12 モンゴル 13.1
13 アゼルバイジャン 12.9
14 アルメニア 12.5
15 日本 12.4
16 中国 12.3
17 ベトナム 11.7
18 ミャンマー 11.4
19 東ティモール 11.4
20 ラオス 11.3

 出典:World Cancer Research Fund International

1950年ごろの調査では、日本は20gくらいあったらしいので、随分減塩したのですが、それでもやはり、お味噌汁や漬物などの保存食の塩分が影響しているのでしょう。

実際の味覚でも、アメリカで販売されているカップラーメンは、日本のものと比べて味が薄い印象があります。冒頭のコメントも欧米系の方からのものでした。もしかしたら、塩分という意味では欧米の方はもう少し薄味の方が違和感がないのかもしれません。

とはいえ、単純に塩を減らして美味しさを損なうのも本末転倒で、無理やり味を変える必要はないと思います。ただ、塩分量は気になる方もいるかと思いますので、時々実際の量をチェックすると良いのかもしれませんね。

 

 

 

 

歌わない踊らないインド映画

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インド映画といえば華麗なミュージカル仕立てというのが定番で、正直言ってそれほど興味がわくものではなかったのですが、ふとしたきっかけでみた2本「The Lunchbox (めぐり逢わせのお弁当)(2013)」と「English Vinglish (マダムインニューヨーク)(2012)」にとても驚かされました。

The Lunchboxの方は、ムンバイのお弁当配達システムの誤配から始まる、初老の男性と家庭に疲れた女性の手紙のやりとりと心の触れ合い、「マダム、、」の方は、専業主婦がもがきながらも、自分らしい生き方を異国で探すといった、非常に普遍的で深みのあるテーマです。

特にLunchboxは、インドの日常生活を(多分)かなりリアルに写しながら、心の動きを静かに淡々と描きだしていきます。脚本やカメラワークいろいろと素晴らしいと思うのですが、やはり主役の演技が本当に感動的。ほんの数分で共感モードに入ります。

ストーリー自体は割と良くあるパターンで、最後に主役2人が新しいパートナーとして人生を再スタートするのか、という部分はぼかして終わります。皆さんの想像にお任せしますと。

ここはどうも賛否両論あるようですが、アジアの価値観を念頭に置いた良いエンディングだったのではないかなと思っています。合理的に考えるなら、不幸な関係を終わりにして、新しいステージに移ることは全く問題ない、というより幸せを追求するためには推奨される行動でしょう。希望に満ちたハッピーエンドで終わってくれた方がすっきりはします。

でも、勝手にアジア的道徳というしばりをつけるとしたら、そこは合理性や論理性とは一歩離れた視点があるんじゃないかと思うのです。自分の人生はすべて自分のものかというとそうではない、自然や社会に生かされているのだ、というポジティブな諦めというのでしょうか。一歩間違うと他力本願や努力の否定といった情けない結果を生みがちな考えですが、人生はそんなに決めたとおりには進みません。新しい生活が心を満たしてくれたとしても、ずっと、そして最終的にハッピーなのかという確証はどこにもありませんし、幸福の度合いは測りようもありません。更にアジアの社会では、こういう事情が周りに知られると、あまり良い顔をされないでしょう。それが本人たちの関係にも影響を及ぼし、だんだんとギクシャクしていく可能性も大きいのです。

いろいろなリスクを推し量ったら、今の状態で我慢した方が結果的に皆が幸せだったということも大いにありえます。旦那さんの無関心も数年たてば心が戻ってくるかもしれませんし、なにより子供の父親は今の旦那さんです。保守的で古く悲しい考えですが、長期的なつながりを大切にする、周りへの気遣いといった価値観のコインの裏表でもあるのです。

個人的には、自分の人生はさくっと自分で決めて生きていきたい派ですが、抗えないものを全く否定するのも「違う」ような気がします。主人公の決意は明確に示されているとはいえ、どちらとも決め打ちしなかった今回のエンディングは、仏映画ともまた違った余韻があって、大きくうなずいてしまったというわけです。

出てくるカレーのお弁当もひたすら美味しそうで、高級シェフじゃなくても、丁寧に作られたお料理は無敵だなと思いました。インドに行く機会があれば、ぜひこういう家庭的な食事を探してみたいです。

ちなみにマダムインニューヨークは、主役のSrideviという女優さんが撮影当時50才だったということを知り驚愕。どうみても若奥様です、めっちゃ美人の。